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越後国で誕生日会②@飯士山~奥只見観光 2017.10.28(土)~29(日)

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第二部のスタートです。

第一部の記事へはこちらからどうぞ。







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温泉の後は誕生日会場となる銀山平へと車を走らせた。

移動に使用したのは「新潟県道50号小出奥只見線」、いわゆる「奥只見シルバーライン」である。
奥只見ダムの建設工事用道路として3年の歳月をかけて建設されたこの道は、総延長32.4kmの内19kmが素掘の隧道というマニアには堪らない一般道だ。

運転嫌いな私は「ほほぉ~。」とは思いつつも、淡々とハンドルを握りNくんの後を追う。
酷道マニアである彼の車に乗っていた息子くんは、熱い解説にさぞ盛り上がったことだろう。

銀山平トンネルを右折すると程なくして目的地へ到着となった。




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雨が降ることを想定しつつ会場を整える。


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まだまだ色々な準備でバタついている私を尻目に、今日の主役が社会人野球を嗜むNくんを捕まえ、嬉々としてキャッチボールを開始する。

「ぱーーーっん!」

乾いた音を聞くと一瞬体が硬直したが、すぐに積年の恨みと作業中であったことを思い出し、震える指先で設営を再開した。


私は相手がいないと成立し得ないスポーツが大嫌いだ。
中でも球技、特に野球には並々ならぬ強い嫌悪感をもっている。

娯楽の少ない幼かった頃、近所のガキ大将に草野球の相手を強要されていた。
生まれ育った土地は川に隣接する傾斜地だった。
そのため、「エラー→ボールが川に落ちる→拾いに行く→溺れる→ボールが無くなる→げんこつ」となるために、上手くなったのは泳ぎの方だった。

スポコンアニメ全盛の時代である。
小学生になると友人達は揃って野球好きとなり、半ば強制的に私への参加を求めるようになった。
しかし子供の多い世代だったため、どうしても人が余ってしまう。
結果、打順はなかなか回っては来ず、守備では暇なポジションで立っているだけなので何一つ面白く無い。
ボールに触れることなく一日を終えることもさほど珍しいことでは無かったので、稀にボールが飛んできても上手く処理することなど、できようはずもない。
エラーのたびに浴びせられる心無い罵声に、ピュアな幼心が傷ついた。から喧嘩ばかりしていたら、やたらと強くなった
これでは楽しくない。
楽しく無いものに努力などするはずがない。
やがて1軍だの2軍だのと呼ばれる優劣分けが行われるようになると、私はすっかり群れることが嫌になった。

山本五十六の言葉が座右の銘だとほざく父の寝首を狙っていたを死ぬほど嫌っていた時期がある。
親父は巨人に熱をあげ、連日テレビにかじりついては監督の采配やら選手のプレイやらに文句をたれていた。

『やってみせ、言って聞かせてさせてみて、ほめてやらねば人は動かじ。』

ならばお前が手本を見せて好きなだけ誉めてやれば良い。
それにこんなことも言っていたではないか。

『自分を認め、他人を認めることが大切である。』

こんな矛盾した大人達に「自分のことを棚にあげて。」などと説教されるたび、他人の作った格言をあたかも自身の言葉であるかのように語るやつはろくなもんじゃねーなと考えるようになっていった。
そもそも格言などと云うものは、所詮綺麗事を並べただけのトンチであり、大概において当たり前の事しか言ってはいない。
対義の意をもつ格言も数多く、その時の心理状態でいかようにも捉えさせることができるため、詐欺の常套手段でさえある。
誰しもが心の内で分かっている真理を簡潔に述べただけの言葉遊びであるのだから、万人の胸にストンと落ちるのは至極当然の事なのである。
というわけで、言葉の矛盾を探して教師を苛めるのが楽しくなり、国語の成績だけはとても良くなった。

ある日、長島引退のサインボールを手に入れたんだとドヤ顔で手渡してきた。
しかしそんなものには興味が無い。
本当に欲しかった物は、どんなに遊んでもシールが剥げ落ちる事の無い、動きがスムーズで、スペルが正しい本物のルービックキューブだ。
もし過去に行けるなら、バッタ物に騙されるほどアホでは無いとは思いながらも、「ありがとう。」と言葉を紡いだあの日の私をそっと抱きしめたい。

当時やたらと多かった巨人優勝セールとやらで母親が買ってくる帽子やTシャツには、決まってチームのロゴがプリントされていた。
それを見た近所のおっさんが、「昨日の◯◯選手のプレイは凄かったな!」などと声をかけてくる度に、頷くことしかできない、着るものさえ選ぶことのできない自分の幼さがただただ惨めだった。
学校にも家庭にも安息の場所はない。
早く大人にならなきゃいけない。
そんな危機感から、酒と煙草とギャンブルとおんなに目覚めたのはわりと早かった。

「野球なんかこの世から消えてなくなれ。やる奴も観る奴もみんな大嫌いだ。」と、胸を張って言える立派な大人になろうと心に誓って社会に出たが、待っていたのは理想とは程遠い辛い現実だった。

「どこのファン?」などと、前置き無しで放たれる上司からのベースボールハラスメントの連投には心のバットが早速折れた。
連れて行かれるラーメン屋のブラウン管には決まって野球が流れており、せっかくの飯が毎回不味くなった。

「関東人なので当然巨人のファンです。」

そう答える処世術を身に着けることでなんとか今日まで生きながらえてきたが、それももう限界だ。
オレンジとか青とか赤とか白黒とか…。
あの色を目にする度にフラッシュバックが私を殺しに来る。
アルファベットの『G』は入力を避けたので、書いたプログラムは全てエラーになった。

輝いていた瞳はあっと言う間に歳をとり、生命保険の勧誘を受ければ、『命の価値は同じだと義務教育で習ったが、何故年齢で保険料に差があるのか教えてほしい。』とか真顔で言えてしまう、自身のブログで愚痴ることしかできないおっさんになってしまったではないか。
私から夢と希望と素直さと、人としての尊厳すら奪っていった野球がただひたすらに憎い。

私の人格形成に多大なる影響を与え、人生を狂わせ続けてきた負の連鎖はこれだけでは終わらなかった。
なんと、家族が揃ってスポーツ全般を好きになり、あろうことか特に野球、しかも巨人の大ファンになっていたのである。
シーズン中のテレビには連日代わり映えのない画が写り、あの頃の父と同じ目をした、自分にはできもしないことを上から目線で評価する人間のクズ共が同じ屋根の下に二人も住んでいることに気がついたのだ。
なんということだ。
やはり神はいないのか。
私はこの結婚詐欺をどう受け止めれば良いのだろう。
家に転がるオレンジ色のメガホンやらタオルやらが汚物に見えて仕方がない。
スポーツを写し出すテレビ、地震後の地震予知、雪山の安全を稜線上で呼び掛けながら一切の制限無しに登山者を受け入れ続ける営業小屋の茶番劇ほど、観ていて胸糞の悪いものは無い。
「俺の前で野球の話をするな。」
鉄の掟であったはずの我が家のルールは、今や地に落ち土足で踏まれている。
帰宅後は無言で飯を食い、自室へと引きこもる毎日だ。

せっかくの機会(?)であるから私の黒歴史を告白する。
私には、息子くんが小学生の頃、高頻度でキャッチボールに付き合っていたという恥ずべき過去がある。
穴があればいれたい入りたい。

キャッチボールを子供に教える姿が親子愛の象徴であるかの如く描かれた、安っぽい映画を観たことがある。
しかしあれは万人の胸には響かない。
キャッチボールは互いにある程度の実力があるか、どちらかが上手いから成立する遊びであって、暴投を繰り返し罵り合いながらボールを拾わねばならない我々にとっては愛など無縁の代物だった。
公園に川が隣接していれば、息子くんは泳ぎが上手くなり、私の拳は日々固くなっていっただろう。
愛の反対語は無関心なのだと何かで読んだ。
あの頃我々親子の間に流れていた感情はまさにそれだった。
真ん中に来たボール以外は捕球しないと宣言してからは誘いが無くなった。
真夏の北アルプスを一般道で登るかの如く無駄に流れ去った、かけがえのない我々の時間を返して欲しい。

友人、同僚、家族、そして自分自身でさえも偽り続けねばならない野球とは一体なんなのだろうかと長年考え続けてきた私は、最近になりようやく一つの確信とも言える仮説に辿り着くことができた。
きっかけは、懐かしのアニメ特集的な番組だった。

「野球狂の詩」というアニメがあったように記憶していたが、実は『野球教』と書いたのでは無かったのかと閃いたとき、散らばっていたピースがパチリと音をたてて組み合わさったのである。

子供の数に比例するかのように野球アニメが多かったのは、巨大組織の陰謀によるものだった。
メディアや家庭、学校教育による洗脳を受け続けた子供達は幼くして信者となり、更なる信者獲得に向け自らの意思で日々奔走するようになる。
息子くんを洗脳し、私をキャッチボールなる怪しげな儀式に参加させるなど、奴等の手口は巧妙で汚い。

こんなこともあった。
高校の頃、密かに想いを寄せていた可愛い女子から映画に誘われたことがある。
前についたしっぽをふって待ち合わせ場所に到着すると、不思議なことに、とある民家に通され大歓迎を受けた。
家の中では人間ピラミッドのビデオが映し出されており、完成と同時に拍手が巻き起こった。

『この人達はみんな初対面なの。でも志が同じだからこんなにも凄いことができるの!!』と、キラキラした目で語る彼女がとても恐かった。
新聞を契約するよう猛攻を受けたが、逃げるようにして民家を飛び出した。
勧誘されたのは読売新聞だったのだろう。
彼女を救えなかったことは、今でも私の心に暗い影を落としている。

上流組織へと金が集まる巨大な仕組みを確立した彼らは潤沢な資金で会場を拡大し、広告塔となる強い演者を買い漁り、応援歌と名付けられた讃美歌を歌いながら、連日連夜宗派争いを繰り広げる。
リアルタイムの戦争が初めて電波に乗ったのは湾岸戦争の時だと言われるようになって久しいが、私に言わせればそんなものはとうの昔に行われていたのである。

そして、奴等はあらゆる手段を講じて私のような野球不適合者をあぶり出しては囲いこみをかけるのだ。
貴方も一度は聞かれたことがあるはずだ。

『どこのファン?』

この答えを間違えたときから人生は狂い始め、周囲で不可解な事件が起こり始める。
野球中継という名の宗教戦争の様子に一喜一憂する人間が、貴方の同居人となっていたりはしないだろうか?

ずばり書こう。
野球とは、ヒトラーの愛した優生学に基づく、まごうこと無き宗教であったのだ。

『スポーツは健全。』
『スポーツは国境を越える。』
『スポーツは勝ち負けでは無い。』

こんな空疎な言葉遊びを聞く度に、ならば何故順位をつけるのか、阪神スタンドで応援する巨人ファンが何故いないのかと、無垢な疑問が浮かんでは消えてゆく。
現に海外では賭けの対象ではないか。
無神論者は生きていてはいけないのか。
世の中は矛盾と欺瞞で満ちている。
私はいつになったら、忌み嫌うべき野球教の呪縛から逃れることができるのだろうか。
このことに気づいてしまった私は、いずれ消されてしまうのだろうか。

しかし彼らは、自身が更なる巨大組織の駒であることにはまだ気づいていないのだろう。
若い力を何かに夢中にさせておくことができれば犯罪率は自ずと下がり、同じ夢を見させておくことでマインドコントロールは容易なものとなる。
箱物建築やインフラ整備には、強い肉体と金が必要だ。
近い将来、飼い慣らされた筋肉馬鹿野郎共を労働力とした、天井人とAIによる統治が始まるはずだ。

オリンピックが開催されるのだと小耳に挟んだ。
起源は古代ギリシアに遡るヘレニズム文化圏のれっきとした宗教行事である。
我が人生から全てのスポーツを遮断してしまいたいと願う私にとって悪夢の季節がまたやってくる…。

そもそも何故、同じ球技であるパチンコが種目に無いのか。
JOCと国の不正がぷんぷんと匂う。
こんなものに血税が使われるなんて絶対に許されることではない。
私の友人達には不幸にも野球教の信者が多い。
一日も早く彼らの洗脳が解けることを切に願う。

サッカー教とゴルフ教についても書きたい事が山ほどある。
しかし若干長くなった気がするし、山ブログだったことを思い出したので、またの機会にたっぷりと語りたいと思う。


というわけで、久しぶりのキャッチボールに息子くんは大喜びだった。
良かったな。



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そうこうしている内にA嬢姉妹が到着し、Nくんと息子くんを連れ去った。



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なんでも素晴らしい温泉に入ってきたらしい...。



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私は黙々と食材を仕込む。



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でも、なんだか楽しいな。



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雨が落ちてきてしまったのでテントでの誕生日会となった。



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こんな愚息のために集まってくれた皆に感謝。



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誕生日おめでとう!



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うわぁ、火事になる!



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プレゼントまでもらえてお前は幸せだな。

「私達、こんなことしてもらったことないよね。」とA嬢姉妹。

その言葉がとても嬉しく、ちょっと誇らしく思った。



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翌日は雨。



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奥只見湖の見学にやってきた。



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雨なのに楽しそうだね。



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スロープカーに乗り、ダムの上に。



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実に山深い渓谷だった。
雨でも十分に綺麗だなと思えた。



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晴れた日に、また皆で集まれたら楽しいだろうな。



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ほんと、ありがとね。



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仲間たちの後ろ姿に頭を下げた。



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資料館でダムカードをゲット。



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施設内を隅々まで満喫し奥只見湖を後にした。



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また来年も何か企画します。
その時はよろしくね。

忘れ得ぬ、越後の国での誕生日会だった。



おしまい。

今回も最後までお読み頂きまして、大変ありがとうございました。


更新がかなり遅れてしまいました。

その間、心配してメールをくださったI氏、そして仲間たち。
思うようにいかないことも沢山ありますが、私は元気に生きてます。
相変わらず毎週欠かさず山にも登れています。

止めてしまおうかと思ったこともありましたが、その時の気持ちを残すためにもブログは続けます。
これからも、たまに覗いていただければ幸いです。



↓励みになりますので、よろしかったら『ぽち』っとお願い致します(^^)/


by yama-nobori | 2019-06-03 21:45 | 登山 2017 | Comments(0)
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