山靴の音①@富士山 2017.08.04(金)~08.05(土)



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『日本人に生まれたからには一度は富士山に登りたい。』

私の趣味が登山であることを知ると、そんな無駄話し社交辞令を口にしてくる者は多い。
夏富士に技術的な難しさは無い。
気象条件に恵まれ、それ相応の体力があれば多くの方が登頂可能だろう。

しかし快適に、そして心身ともに健康的に登りたいとなると話は変わってくる。
24h登山者がいる、他人任せの無知なハイカーが渋滞を起こす、すし詰めの小屋で寝る、、、この山の特殊性を知り、対策するとしないのとでは、富士山への印象は雲泥の差が出るだろう。
富士山ガイドの重要な役目の一つは、この特殊性への対応であると思う。

日本一の標高を誇る独立峰への登頂は、相対的に見ればやはり容易なことでは無いのである。




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ほぼ山経験の無い友人を富士山へ案内することになった。
社交辞令ではなく、本気で登りたいんだと目を輝かせて言われれば、なんとかしてやりたいと思うのが山屋の端くれだろう。

ご存知の通り富士山のシーズンは極端に短い。
これに天候を加味するとチャンスは決して多くは無い。

一回目の候補日は悪天により見送った。
その後念入りに天気図を読み続け、第二の候補日に知人を介して山小屋への予約をねじ込んだ。



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持ち物リストを作成し入念に読み合わせ、ウェアなどの足りない装備は代用品で賄った。
たった一度の富士登山に大枚を叩くようなやつとは同じ空気を吸いたく無いのは勿体無い。
私以上にケチな倹約家のSちゃんとの行動は、価値観が似ているためか気を使わなくて良い。



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最も心配していた登山靴については、昔ハイキングで使用したトレッキングシューズがあるということで一安心だった。

試し履きもしたようで感心感心。



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ところがである。

歩き始めて僅かに50m、時間にして3分にも満たないタイミングでそれは起きた。
両足のソールが申し合わせた様に左右仲良くパッカリと剥がれたのである。
生憎スニーカーなどは持ち合わせていなかった。



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脳内に流れる「はい。終了。」の文字。

ダクトテープ、針金、結束バンドを駆使して処置したものの、完全に分離してしまったソールはまるでどこかの夫婦の様に元に戻ることはなかった。
通常この手のことは登山中に起きる。
しかし今回はまだ始まってもいないのだからお話しにならない。

ある意味良いタイミングだったのか。
出直すしかあるまい...。



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ところが首の皮一枚で繋がっていたソールを引っ剥がすと「問題無し!」とSちゃんが歩き始めた。



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マジか。
いけるんか?
こういうのを止めるのがガイドでは無いのか

07:20、御殿場口新五合目(1440m)スタート。



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インナー、もといソールは、どうやらプラ製であるらしい。
一体厚さは何ミリあるんだろうか...。

悲壮感に包まれる私の心とは裏腹に、ジャリジャリと妙な靴音を響かせSちゃんが元気に先行する。


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大石茶屋で登山靴を借りることができないか相談すると親身に聞いて下さったが、適合するサイズが見つからなかった。


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幸い小屋までの御殿場ルート上に岩場は無い。
万が一に備え、精神安定剤代わりにクロックスを買った。

「なるようになるさ。」と、ここでもSちゃんはお気楽なままである。


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4つある主要登山道の中で、御殿場ルートは最も標高差のあるロングコースであり、3000mを超えるまで営業小屋が無い。


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それ故傾斜は緩やかであり、人が少なく自分のペースで歩くことができる。
高度順応に最も適したルートであると言えるだろう。


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早い時間帯の天気予報は「晴れ時々曇り雨」。
実際には予報よりもガスが多く、近くを通るブルがようやく見える程度であった。
富士山登山の最大の敵である風は穏やかだ。


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砂が湿っていたおかげで歩きやすかった。
他に登山者の姿は無く、適温の中を快適に上げて行く。


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なかなかに良いペースである。
これなら本降りの雨に打たれること無く小屋に到着することができるだろう。


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08:11、標高2,000m。

上部が見えないことが良かったのかもしれない。
見えているのになかなか近づいてこない、富士山特有の精神修行がこの日は無かったからだ。


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標高が上がると、ガスとも雨とも判別できないものが体を濡らすようになった。


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身軽だね~。

私のザック(75L)は2日分の水やら食料やら防寒着やら酒やら酒やら酒やら…でパンパンだった。
この頃「おっさん」だった私への呼び名は、現在では「じいや」である。
その何れも正しい程に歳の差があるのだから甘んじて受ける外はない。

ならば年寄りを労りなされ...。
二人分の荷物はそれなりに重いのだ。


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10:10、新六合目(2590m)。
靴は...大丈夫みたいだね。


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突然ガスが抜け青空が広がると、それまで湿っていたウェアやザックが乾くのにさほどの時間はかからなかった。


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しかしガス抜けの時同様に、あっと言う間に再びガスに閉ざされると雨の匂いに包まれた。
ザックにカバーを取り付け、観念してレインを装備した。


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11:50、標高3,000m。
中学生の頃から使い続けているのだという撥水ゼロのレインが中学生のようだ良く似合う。


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軽荷なのはわかっているが、実に軽々と良く登る。
体力は申し分なく高度障害にも強そうで一安心だ。

さあ、あと少し。


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見えた!


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12:10、「わらじ館」(3,050m)到着。
ここまで2~3名の下山者とすれ違っただけの静かな行程だった。

トラブルで大きなロスタイムがあったものの、ほぼコースタイムで登るとは上出来である。
おつかれさま。


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お世話になります!
酒好きなMさんへ奉納品を収めた。


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狭いが綺麗に整えられており無駄が無い。

私の知る他のルート上の小屋とは違い家庭的な雰囲気だ。
ここが富士山であることを忘れてしまう程に居心地が良い。


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ウェルカムビールをご馳走になった。
乾杯!


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こんなに早い時間に到着する登山者は珍しいらしく驚かれた。
平和な気持ちでまったりしていると、激しい雨が小屋を叩くようになった。
熱々のあんかけラーメンと担々麺が五感に沁みた。


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着替えを済ませるとやることがなくなった。
外に出ることもできず、布団に寝転がるといつの間にか落ちていた。


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17:00、待ちに待った夕食だ。
メニューは新鮮な野菜がごろごろ入ったカレーである。


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お代わり自由で辛口のルーが実に旨い。
調子に乗って3杯食べると動けなくなった。


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朝食は弁当に変更することができる。
弁当とは言っても、パン・シリアルバー・ジュースと味気ない内容ではあるが、富士山らしくて面白い。


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18:15、雨は上がり、気がつけば見事な雲海が広がっていた。


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宝永山が相変わらず不気味な山容だ。


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一つ上の砂走館でも雲海を楽しんでいるようだ。


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頂上も見えてるね。
あの雲海の下から登ってきたんだよ。

それにしても靴は大丈夫かな…。
わらじ館でも丁度よいサイズの靴は見つからなかったのである。


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小屋番さん達は揃って酒好きだ。
就寝までの時間を楽しくご一緒させて頂いた。

しかしそんな楽しいひと時も、度々鳴る着信音で中断される。

「今から登ったら何時につくか。」
「今から泊まれるか。」
「天気はどうか。」

普通の山とは明らかに違うのだ。
我々の知る山の常識はここでは通用しない。
堂々巡りな説明を繰り返さなければならないMさんが痛々しい。

実際、「就寝中」の札のかかった扉を真夜中に開け放ち入ってくる登山者もいるようで、その度に叩き起こされ対応を余儀なくされる。
「素泊まり15,000円」の看板を掲げ対策しても利用する観光客登山者がいるのだそうだから恐ろしい。


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公に発表された翌日(8/6)の天気予報は雨マークが並び芳しくはなかったが、私は無風の登山日和になると読んでいた。



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月の明るい夜だった。
眼下の雲海が流れると夜景が瞬き始める。


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明日は日本一の山頂に立ち、無事に下山することができるだろうか。

頑張れ、Sちゃん。
頑張れ、頑張れ、登山靴。

20:00、翌日の御来光を願いつつ布団に潜り込んだ。


今回も最後までお読み頂きまして、大変ありがとうございました。
第二部の記事へはこちらからどうぞ。



おしまい。


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by yama-nobori | 2018-09-08 12:05 | 登山 2017 | Comments(1)
Commented by ねも at 2018-09-10 00:11 x
お久しぶりです。
あれっー、富士山は何だか気が合わなそうなおじさんとたちと登るんじゃなかった!? でも、こちらのほうがゆたかさんらしいです。
多難なスタートでしたが、続きも期待しています。この記録は、2017年ではなく今年ですね?
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