希望の花@櫛形山 2017.07.16(日)



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その山は心象風景の中に在り続けた。
繰り返し美化され続けたそれは、年月を重ねる毎に鮮やかな色彩を纏い、現実を置き去りにしたままで大きくなった。
触れれば簡単に壊れてしまう、脆く儚い夢から目覚めることが嫌で、かつて好きだった山に背を向け続けた。

初めてこの山に登る息子くんが一緒なら、長い間避けてきた思い出の道を昔のように歩くことができるだろう。


櫛形山の記事へはこちらへどうぞ。





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金峰山の次に向かったのは、櫛形山中腹にある「見晴らし平」。
15台程の車を停めることのできる敷地内には鐘の付いたモニュメントがあり、田中澄江の句が刻まれている。

金峰山の記事へはこちらへどうぞ。


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とても暑い日であったが、標高が1,300mもあるこの場所はとても涼しく快適だった。
今夜はここで幕営し、翌日、北尾根~中尾根で櫛形山を周回する計画である。



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おつかれ~。



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この場所は「関東の富士見百景」に選ばれており、富士山の景観はもちろんのこと、見事な甲府盆地の夜景を楽しむことができる。

いつもの様に米を炊き焼き肉を焼いて他愛のない話をしていると、あっという間に夜の帳が下りてきた。
眼下に瞬く街明かりを眺めていると、数ヶ所で開く光の華が見えた。
光よりやや遅れ、山に木霊した複数の花火の音が聞こえてくる。

最後の声が届く頃、その花は既に散っている。
どんなに探しても、もう二度と見つけることはできない。



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04:30、御来光に期待し目を覚ましたが、雲の多い朝を迎えた。
日暈が現れており、天気は下り坂であるようだ。



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さあ、晴れている内に登りに行こう。



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05:20、出発。



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良く整備された北尾根で上げる。



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このルートを歩くのは20年振りぐらいになるのだろうか。
何度も歩いた割には記憶が曖昧だ。



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あの頃、息子と歩く日が訪れるなど夢にも思っていなかった。

流れ去る時間と共に、良くも悪くも生活環境は大きく変化した。
一度乗り込んでしまったら、簡単には下りることの許されない時の列車で我々は等しく運ばれる。
目的地はどこなのだろうか。



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しかし山は変わらぬ姿でそこに在る。
過ぎ去った風景に今の自分を重ねることのできる安心感が、心を静かに、そして温かくする。



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幻想的な紫色の霧を再び見ようと数年通ったが、その願いは叶わなかった。
それでも静かに咲く花達を訪ねることがとても楽しく、いつの日にか、再び出会えるのでは無いかと期待もあった。

しかし二度と叶うことが無い夢だと知らされ、この山から逃げた。
心象風景の壊されることが怖かったのだ。



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それ程までに、あの日の光景は美しかった。



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あっ...。

下草がすっかり無くなってはいるが、サルオカゼを纏ったコメツガが現れると、遠い日の記憶が鮮やかに甦った。




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「アヤメ平」(1890m)だ。
当時はまだ無かった鹿柵をくぐる。



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すぐに紫色を見つけたが、グンナイフウロであることがわかり肩を落とした。

7年前に設置されたのだという保護ネットの効果は絶大だった。
柵の外には無数の鹿の糞が落ちており、背丈の高い植物はほとんど見られなかったが、内側はハンゴンソウを中心に緑の密度が明らかに高い。
しかし本来の植生とは大きく変わってしまったようだ。
当時この場所は、テガタチドリ・キソチドリ・エゾスズラン・キンポウゲ・オダマキ、そしてアヤメが主体であった。



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少し進むと再び紫を見つけ駆け寄った。



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良かった...。
「紫の君」にまた会うことができたのだ。



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1986年の調査では2830万株も確認されていたアヤメは2007年頃から突如激減し、2010年には僅か25株が確認されるのみとなった。
いくつかの要因が考えられた中、最も影響力が大きかったのはやはり食害だった。
当時はまだ食害という考え方は一般的ではなく、適切な手を打てぬまま後手に回り、南アルプスの貴重な植生は瞬く間に消失していったのである。



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現在では地面の保湿力が改善した狭い鹿柵の内側だけで植生が保たれているようだ。



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私が山を始めて間もない90年代は、どの山も本当に美しかった。
特にこの櫛形山と北岳のお花畑は、周囲の空気を染め上げるほどに華やかであり、すっかり山と花とに魅せられた。



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そしてあの日、幻想的な風景に出会うと一撃で櫛形山の虜になったのだ。



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復活の兆しを見せているというアヤメ達にエールを贈り、アヤメ平を後にした。
この先に、あの場所がある。



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緩やかに進むと前方が開ける。
裸山への分岐点だ。



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紫色の霧に包まれたのはこの場所だった。



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段階的な保護が行われたのであろうか、アヤメ平より株が多い。
あの頃には遠く及ばないものの、想像よりも遥かに多いアヤメ達に出会うことができた。

登ってきて良かったな。



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昔この場所には、山肌を染め上げる程のアヤメの群生地があったんだよ。
でも、昔話をしても仕方ないよね。

少し寄り道して行こうか。



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分岐から僅かに上げる。



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08:00、「裸山」(2003m)登頂。



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息子くんに見せたかった白峰三山は、何一つ変わること無くあの日と同じ姿でそこに在った。
変わることの無い景色が心から嬉しい。

さあ、今度は息子くんの目的の場所に向かうよ。



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山と共に新しい想い出が増えていく。
再びこの木を見れば、少し疲れた息子くんの顔を思い出すだろう。



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苔むした森を歩けば、待ってくれとせがむ、まだ幼かった息子くんの声が聞こえてくるはずだ。



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何一つ忘れたくないからたくさんの写真を撮る。
それでも忘れてしまうから、時に想い出を語り合う。



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変わらぬものが無慈悲に流れる時間をつなぎ留める。
だから山が好きなのか。



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彼のおかげで、またこの山を好きになることができた。



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もうすぐ山頂だよ。



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するといつもの様に息子くんがダッシュする。



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それをカメラに収めることが堪らなく嬉しい。



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08:45、「櫛形山」登頂。



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広い山頂部でしばらく休憩をとり下山を開始した。



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この木のことも絶対忘れることはないだろう。



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中尾根の途中から車道へ向かう。



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10:30、下山完了。



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雨に降られなくて良かったね。



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下山後は桃の食べ放題にやってきた。
お値段は500円とリーズナブル。



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でもまあ...お世辞にも綺麗だとは言えないし、品質もね...。



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山梨県人は桃の皮を剥いて捨ててしまうような愚行はしない。
もぎたてを水道で洗って産毛を落とし、少し硬いやつを皮ごとガリッと食べる。

しかしプールに浮かんでいた桃をそのまま食べる気にはなれずに皮を剥くことにした。
二人共そんなことはやってことが無いので、実に不味そうなぐちゃぐちゃの桃が皿に並んだ。
笑いながら食べた桃がとても美味しかった。

行き先さえ告げぬまま、時の列車はただひたすらに走り続ける。
しかし車窓からの山々は、たゆたう時を愉しむが如く穏やかに流れ、目を閉じれば何度でもあの日へと戻してくれる。
だから私は変わらぬものへと強く惹かれる。

アヤメの花言葉は『希望』である。
櫛形山に於いては、図らずも自身に贈られた言葉となってしまった事が残念でならない。

私の大好きな櫛形山に、息子くんは再び登ることがあるんだろうか。
そして、この日の他愛のない会話を思い出してくれるのだろうか。
私を乗せた列車が終着駅に到着する頃、櫛形山のアヤメ達、そして息子くんはどうなっているのだろうか。

しかしまだ、答えを急ぐことは無い。
まだしばらくは息子くんの隣に座り、旅を続けたいと思っているからだ。


今回も最後までお読み頂きまして、大変ありがとうございました。

おしまい。

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by yama-nobori | 2018-07-30 21:13 | 登山 2017 | Comments(1)
Commented by ねも at 2018-08-01 08:16 x
アヤメ復活の櫛形山、私も一昨年訪ねて涙が出そうなくらいうれしかったです。2008年に歩いたときはほぼ絶滅でした(涙)
その大切な場面に息子さんが一緒なのも素晴らしいです。もらい泣きしそう(ウソです)。一緒にお酒が飲める日も近いですね。

忙しいとは思いますが、たまには「読んだよ!」の一言を返してください(笑)
数年前、鳳凰三山に登ろうとあの辺の小さな駅からタクシーに乗ったら、運転手に自宅に連れて行かれ「桃狩りして」と。私はありがたく桃を頂戴しましたが、同行者は「これいくら?」と心配してました(もちろん親切な運転手のサービス)
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