常念岳(じょうねんだけ)は、飛騨山脈(北アルプス)にある標高2,857mの山である。 ピラミダルな山容が実に端正で、さほど山に詳しくない観光客にでさえ同定することのできる言わずと知れた安曇野のシンボルだ。 さてこの常念岳には、冬季登攀に用いられる常念岳東尾根と呼ばれるバリエーションルートがある。 今回の記事では、条件さえ整えば、基本的な技術だけで北アルプスの著名な積雪期の名山を狙うことができる、数少ないルートの一つをご紹介したいと思う。 長い間温め続けていた計画ではあったが、なかなか踏ん切りがつかなかった。 しかしあの日、絶好の登山日和に白い常念岳を嫌というほど見せつけられた私は、遂に計画を実行に移すことにした。 あの日の記事へはこちらからどうぞ。 ゴミ溜めを定時で脱出し、前入りを行った。 我が家から北アルプスは遠く滅多に出向くことは無い。 しかし今回の目的地は主要道路から近いこともあり、実に気楽な運転だった。 夜間通行止めや崩落の頻発する林道に怯え、ガソリンスタンド難民となる、JAFも嫌がる南アルプスとは大違いである。 車を停めたのは、三股へ向かう際に通過する「安曇野市堀金 ほりで~ゆ四季の郷」の正に目の前だ。 基本的に常に除雪されているのではないだろうか。 観光地のバリエーションはアプローチから一味違うのだ。 寝起きのぼけた頭でごそごそ準備していると、2つのパーティーが出発して行った。 強い寒気が入るらしいものの天候は晴天。 6:00、明るくなるのを待って烏川林道ゲートから歩き始めた。 少し歩くとモルゲンに染まる神々しい端正な一座が目に飛び込んできた。 見えているのは前常念岳、本峰はまだ見えない。 一段低い位置にある右の黒いピークが1955P。 まずはあれを登り詰め、前常念岳を越えねばならない。 本峰までの標高差は2200mである。 ところどころ凍結した林道を進む。 東尾根末端の標高は930mだ。 作業道があり、尾根上のルートは明瞭であった。 程良い斜度の尾根を進む。 予報通りの青空が眩しく輝き、背中の重荷も気にはならなかった。 しばらく進むと笹の煩い広尾根となったが長くは続かない。 最初の目標点であった送電鉄塔の下までやってきた。 荷物を下ろし、朝食を摂りながらルート確認を行った。 この後広がるのであろう展望に心が躍る。 雪質は申し分なく踏み抜きも少ない。 わかんもアイゼンも使用すること無く、つぼ足のままで歩き続ける。 ひと登りすると雪の多い樹林帯に大きな幕が張られていた。 随分と低い位置での幕営が気になった。 雪山ハイクの宴会テントだろうか。 やがて1955Pへ向けた強い直登が始まった。 この日の体調はすこぶる良く、荷物は30kg程はあったが良く足が出た。 先発していた2つのパーティーを追い抜くと、先行者はいなくなった。 程なくして雪が舞い降りてくるようになった。 木々の密度が低くなり、これから展望が広がるのであろうと期待していただけに少々落胆した。 気温は-14℃。 幸いなことに風は強くはならなかった。 少し登ると野太い怒鳴り声が頭上から降ってきた。 「おら~足を出せ足を!」 「おせぇ~んだよ!」 新入部員が巨大なザックに体を振られながら半べそになってしごかれている。 「頑張れ!」と声をかけると「お見苦しいものをお見せしました!」と強面のリーダーが頭を下げた。 彼らはそのままルートを外し、ハードなラッセルへと突入して行った。 展望とは無縁の場所に張られたあの幕は、名門明大山岳部のものだったのである。 景色の無いまましばらく忍耐のアルバイトを続けていると、斜度が緩み樹林帯の平坦地となった。 11:00、林道から見上げていた1955Pに到着したようだ。 この樹林帯は、常念岳東尾根唯一の幕営適地である。 昨日からのものであろう、2張の幕があった。 樹林帯をベースに翌日アタックするのが一般的ではあったが、まだあまりにも時間が早かった。 視界は悪いが風は弱く、アイゼンが不要な程に雪質は良好だ。 強い寒気が入ってはいるもののそれは一時的であり、この後回復に向かう天気図である。 翌日の行動時間を少しでも短くすべく、森林限界より上の稜線へ幕営地を求めることにした。 しかし樹林帯を抜けるとガスが強くなり視界が消え去った。 あとでわかったことではあるが、この時雲上では太陽が燦々と光り輝き、見事な雲海が広がっていたようだ。 下山行程を考えると、あまり先に進んでしまうのもどうなのかと思いはじめる。 どんな場所にいるのか皆目わからなかったが、比較的広い平坦地にいるようだ。 ここまでつぼ足で登ってきて、今からアイゼンやワカンを装着するのも正直面倒くさかった。 スノーアンカーを強く埋め踏み固めると、低い外気が一瞬にしてそれを強固なものにしてくれた。 風は無かったのでスノーブロックは積まなかった。 14:00、とうとうガスは抜けてはくれなかった。 水を作りながらくつろいでいると足音が聞こえたのでテントから顔を出した。 するとソロの男性が立っており、少し喋りこんだ。 なんでも友人のパーティーが昨日から先行しているらしく、樹林帯の幕は彼らのものであるのだと教えてくれた。 人に会うとは思っていなかったので思わず饒舌になる。 今日はバースデー登山なんだと伝えると、お祝いの言葉を残し、幕営地を求め更に上へと登っていった。 しばらくすると華やかなパーティーが下りてきた。 そして私の幕に近寄るやいなや誕生日の歌を唄い始める。 こんな経験に乏しい私は大いに照れまくり、しどろもどろとなった。 ソロ男性の友人達が快晴の山頂から下りてきたのである。 少し立ち話を楽しんだあと、若く楽しげな四人パーティーは爽やかに幕営地へと還っていった。 テント内が突然明るくなったのだ。 目の前は岩峰だった。 登ってきた方向を見下ろすと、尾根末端の先には安曇野の町並みがあり、すぐ隣には、横通岳が美しい稜線を引いていた。 これは良いところに張ったもんだと独り悦に入る。 ガスは急速に抜けて行き、しばらくすると蝶ヶ岳も見えるようになった。 夕食はラーメンを食べ、残ったスープで朝食用の雑炊を作った。 生卵を割ったが凍りついたままだったので殻ごと煮込んだ。 火から下ろした雑炊はあっという間に凍りついた。 気温は-19℃と冷え込んでいたが、奇跡的に無風のままだった。 時間が経つにつれ、遠く八ヶ岳までもが見えるようになっていた。 夜景と月明かりに白く浮かびあがる白銀の峰々を繰り返し眺めた。 明日は山頂で御来光を拝むんだ。 誕生日を山で過ごせたことが嬉しかった。 あの劇的なガス抜けは、山がくれた最高のプレゼントだったのだと思うと、一人の夜が暖かかった。 第二部の記事へはこちらからどうぞ。
by yama-nobori
| 2017-10-12 11:13
| 登山 2017
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