再会の深田百名山@丹沢山 2016.07.02(土)



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7月となり新生活が始まっていた。
私は元々、電車に乗るのは年間に2~3回、皇居・国会議事堂・日本橋・東京駅・築地・浅草・原宿・銀座...など、都内の観光地と呼ばれる場所ですら1度しか見たことのない程の、引き籠もりのド田舎東京都民だ。
山でも稜線上に10人も姿が見えればソロなら引き返すし、快晴の槍ヶ岳山荘から穂先に5人程の姿が見えただけで鬱陶しくて下山している程に混雑も嫌いである。
こんな私が人生初の定期券を持ち都内へ通勤するようになると、慣れない職場環境での疲れと重なってすぐさま病んだ。
この日はまだ僅かに1日勤めただけであったのに、早くも山に還りたかったのだ。おっさんハイジのできあがりだ

限られた世界で生活するようになると、出会いの機会はめっきりと減ってくる。
家庭を持ち、ある程度年齢を重ねていれば尚更だ。
職場などで人と接することはあっても、私生活でも行動を共にしたいと思えるような出会いとなれば無きに等しい。

特に私は人見知りな上に協調性が皆無であるので、「友」と呼べるような方との付き合いはほんの一握りしかしていない。
決して人間嫌いというわけでは無いが、八方美人で他人に合わせるのは堪らなく嫌なのだ。
比較的出会いの多い「山」であってもそれは同じで、大抵は後に面倒くさくなり深い付き合いは避けるようになる。
いや、正しくは避けられるようになる。
結局は、協調性の無い自分自身の問題なのだろう。
しかしたちの悪いことに、全くもってそれで良いとも思っている。

こんな私にも、稀に生涯の付き合いになるのでは無いかと思えるような、素晴らしい出会いが訪れる。
今回はそんな友との再会の記事となる。




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I氏との出会いは2015年の五竜山荘であった。
その日私は扇沢から鹿島槍、キレットを越えて五竜岳に登り、晴天の貸し切り山頂で酔っぱらい、昼寝から目覚めると下山するのが面倒になっていた。
山荘に電話するとがらがらに空いているという。
人生二度目となる北ア営業小屋のソロ泊、話のネタになると思い泊まることを決意した。

五竜岳の記事へはこちらからどうぞ。
その五竜山荘で同室となったのが、百名山に挑戦中だというI氏であった。
「また深田百名山ハンター」かと話を聞き始めると、今まで出会ったことのある登山者とはスタイルが違う。
すぐさま話に引き込まれた。

I氏は北海道の方であり雪山へは登らない。
シーズンになると愛車と共にフェリーでやってきて、車中泊を繰り返しながら百名山を巡って数ヶ月過ごすと故郷へと戻る。
当然のことながら好天ばかりは続かない。
そんな日には「花」「歴史」「峠」「道」「滝」「ダム」「清流」....などの百名山・百選などにも足跡を残すのである。
四国八十八箇所歩き遍路旅での酔った勢い縁がきっかけで始まった自身の挑戦を「百へ挑観」と呼び、素晴らしい旅を数年間に渡り続けているのだ。

南アルプス南部へは、翌年、つまりこの年の2016年に挑戦するとのことだった。
私がブログを書いていること、南アルプスが好きでそれなりの知識を持ち合わせていることを話すと、情報が少ないのでありがたいと話が盛り上がった。
I氏は旅の記録を詳細に残されていて、消灯の直前まで手帳を広げながら話しを続けてくれた。
翌朝五竜岳へと登るI氏を見送った後は、ブログやメールを介して互いの近況などを交わすようになった。

そして2016年4月、四国今治から北上を開始、I氏の「百へ挑観」が再び始まったと連絡を受けた。
関東圏に近づいてくると、丹沢はどこを登るべきか、ヒルは大丈夫かなどの相談を受ける。
応援に駆けつけたかった。
しかし土日縛りとなった私に合わせるより、天候優先で登った方が良いに決っている。
ソロでも問題無いように駐車場やルートの情報を伝え、条件が揃えば会いましょうと話はしたものの、仕事でへとへとになりながらも再会のチャンスが諦めきれず、週末の天気が気になって仕方なかった。

すると天候が味方してくれたのだ。



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百名山として丹沢に登るならば、その名を冠した「丹沢山」、そしてその最高峰である「蛭ヶ岳」を併せて登ることを提案した。
I氏は私の登る前日から入山し初日に蛭ヶ岳、そして翌日となる今日、丹沢山で合流することで話がまとまった。



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いつもの塩水橋までやってくると、函館ナンバーの車を見つけて嬉しくなった。
5:40、待ち合わせの時間よりかなり早くに到着してしまいそうではあったが、逸る気持ちが抑えきれずに歩き始めた。



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登りながら考える。
昨日、蛭ヶ岳からは大きな富士山や素晴らしい夜景を眺めることはできたんだろうか。
美しく伸びる稜線にガスはかからなかっただろうか。
故郷の山、丹沢を好きになってくれただろうか。



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そして、すぐに互いの顔がわかるんだろうか。



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私の方が早く到着した時の為に、みやま山荘へビールを預けていると有り難い連絡を頂いていた。
数人いた先行者を全て追い抜き山頂を目指す。



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自分でも驚くほどに、通勤とは別人のような軽い足取りだった。
やっぱり山はいいなぁとつくづくと感じた。


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それにしても、都会を歩いている人達はどうしてあんなに足が早いんだろうか。
都会にいる時の私は誰よりものろまで、色のない景色の中をぼてぼてと歩く。

そして、都会で過ごす時間は呆れるほどに長い。



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山頂手前で稜線に乗った。



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7:30、みやま山荘が見えてきた。
待ち合わせ時間より90分も早い。
今頃は箒杉沢ノ頭の辺りをこちらに向かっている頃だろうか。



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まずは山荘へビールを受け取りに行く。

すると見覚えのある優しい笑顔の登山者と目が合った。
互いに名前を呼び合い固い握手を交わす。

再会を喜びあった。



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山頂へと向かう。



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近くにいた登山者を捕まえ、我々の馴れ初めを話しながらカメラマンになることを任命した。
さあしっかり撮ってくれよ!



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山荘へビールを受け取りに行くと「お前だったのか」と大将に呆れられた微笑まれた。
山荘を出ると塔ノ岳へピストンすべきか悩んでいる若者と出会った。
若いんだから行ってこいとビール片手に背中を押した。



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その後はテーブルへと移動し、周囲の登山者を巻き込みながらのお喋りが始まった。
一年ぶりとは思えぬ、まるで旧知の仲であるかのような気兼ねない最高の時間が過ぎて行く。
都会ですっかり疲弊していた私にとって、心の通った会話は何よりも嬉しかった。

良かった、まだ笑えるんだと心から思った。



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日帰り登山者とは思えぬペースでたらふく飲んだ。
あまりに長い時間飲み続けていたので塔ノ岳へと見送った若者が戻ってきて「まだ飲んでるんですか」と生暖かい言葉を残して下山していった。

かなりの回数この山頂を踏んでいるが、日帰りで4時間も滞在していたのはこの日が初めてだった。



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都会で過ごす時間はあれ程までに長いのに、楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。



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下山を開始する前に再び写真を撮った。
この頃になるとガスは抜け、山頂には青空が広がっていた。



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11:30、下山開始。



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梅雨明け前ではあったが日差しが力強く、まるで真夏のようだった。



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これだけの挑戦を続けているI氏の足取りは流石であった。
下山中もお喋りは止まらない。



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さて、この時期ならば当然ヤマビルがいる。



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これがヒルで対処はこうするんだと、私の靴に張り付いたヒルを弾き飛ばしてI氏に見せた。
すると丹沢名物に襲われなかったことをI氏が悔しがっていて可笑しくなった。



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しかしそんなI氏からは後日こんなメールが届いた。

『新潟菅名岳でヒルの猛攻を受けた』
『丹沢でのレクチャーがなければ大変なパニックになっていたと思います。知るということと自分で体験し対処する事が大切と痛感しました。首、わき腹、腰と4か所喰いつかれたようですが・・・』

ぷぷぷw
念願のヤマビルに襲われた祝杯をあげねばなるまい。



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13:25、大変良いペースで林道まで下りてきた。


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13:55、下山完了。




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下山後は近くの温泉で汗を流し、南アルプスへと向かうI氏を見送りお別れとなった。
出来ることならばご一緒したかった。



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しかしこの後、南アルプスは天候に恵まれず、行き先を変更したとの残念な連絡が入る。
それまでの私の知る百名山ハンター達は、悪天の中でも無理やり登り、その山の本当の良さを知らないまま下山してしまうような数字遊びばかりで、全く共感することが出来ずにいた。
登山口近くまで進みながら勿体無いとは思ったが、来年へと見送った潔さがI氏らしくて素敵だと思った。
今年の再会が南アルプスであるならば、どんなに素晴らしい山行になるだろうか。

I氏には申し訳ないが、私にとっては嬉しい報せでもあった。



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「百の頂きには、千じゃ足りない万の喜びがあるんだよ」と嬉しそうに語っていたI氏の心からの言葉を今でも頻繁に思い出す。

「百へ挑観」を続ける中、これからも数え切れるほどの出会いと喜怒哀楽があるのだろう。
その思い出の一頁に私がいるとするならば、なんて幸せなことなのだろうかと心から思う。


親愛なるI氏へ
ずっと書きたいと願いながら、こんなにも遅くなってしまいました。
2016年度、走行距離22000km・108日に及ぶ5年目の挑戦お疲れ様でした。
今年もまたわくわくさせて下さい!
厳寒の折、風邪など召されませぬようくれぐれもご自愛ください。
またお会い致しましょう!


おしまい。

今回も最後までお読み頂きまして、大変ありがとうございました。


↓励みになりますので、よろしかったら『ぽち』っとお願い致します(^^)/


by yama-nobori | 2017-01-13 22:55 | 登山 2016 | Comments(2)
Commented by sen230727 at 2017-01-18 20:48
優さん、ブログアップ恐縮です。昨日の様な感覚で写真と記事を観て先輩・友人にメールで当ブログを知らせました。感想が私のメールへ帰ってきていますが、良い山友でよかったを始め、帽子を被るべきであったとか、年の割には元気等です。予想通りのコメントは、山でのビールの量は半端で無い!でしょうか?貴殿が生涯の友として頂けるならば、異常な長生きをしないと駄目ですネ?そうそう、年明けの時代劇で大山詣でのシーンが有りました。丹沢山
の前日、貴殿から教えて頂いた最短コースで花の百名山と歴史の山百選である大山を登り終えたのを思い出しました。本年も有益な登山情報とアドバイスをお願いいたします。
Commented by yama-nobori at 2017-01-19 20:28
> sen230727さん

素晴らしいご友人をおもちで何よりです(笑)
いつまでもご健康で、百名山が終わったあとも山を楽しんで下さいよ~!!
職場は意外と休みが取れそう(突然のキャンセルも可)なので、タイミング合わせて南アルプスでご一緒したいと考えています。
また小屋での待ち合わせでも良いですしね(^^)
お勧めは飲兵衛なオーナーのいる赤石避難小屋なのですが...。
再始動の連絡、楽しみに待ってます!!
雪に負けず、頑張って下さい!!
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