紫の君@櫛形山 2016.06.15(水)



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櫛形山(くしがたやま)は、山梨県の赤石山脈の前衛峰にあたる標高2,052mの山である。
標高はさして高くはないもののその山体は大きく、県内の多くの場所から容易に望むことができる。
山名は和櫛の形に似ていることに由来しており、不思議とどの方角から眺めても櫛のように見えるおおらかな一座だ。

※扉の一枚は北岳肩の小屋から撮影した晩秋の櫛形山





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甲府盆地に横たわるこの大きな山には、唐松岳(1,856.4m)、裸山(2,002.8m)、奥仙重(2,051.7m)などの3つの三角点が4kmに渡り連なっており、6つのコースがある。
山梨在住時代には季節とコースを変え、幾度も歩いて楽しんでいた馴染みの一座だ。
中でも南伊奈ヶ湖からの中尾根コースを利用し、バラボタン平から裸山、アヤメ平を巡る周回ルートがお気に入りだった。

今回はつい先程下山した源氏山登山口からほど近い、池ノ茶屋林道から櫛形山の最高点「奥仙重」を通り一般的な山頂を目指す最短ルートを歩いてきた。
山梨百名山が制定されたのは1997年。
山梨百名山の山頂標を見るのは今回が初めてとなる久しぶりの再訪だ。


源氏山の記事へはこちらからどうぞ。


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駐車場は池ノ茶屋林道の終点にある。
標高は既に1855mもあり、登りのCTは僅かに50分である。



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14:50、スタート。


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鹿避けゲートを抜ける。


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歩き始めてすぐに広がる針葉樹林帯が美しい。

櫛形山は実に豊かな植物分布を持つ。
その中で、この櫛形山を一躍全国的に有名にした植物がある。



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「花の百名山」を書き記した田中澄江は、この山に咲く花を「紫の君」と呼んだ。
残念ながら同著を出版した1980年には櫛形山を知らなかった為に山名の記載は無いが、1988年の「花と歴史の山旅」では次のように書いている。

『あの、ひとの心を引き込むような紫の花の群れの中に身を投じたくなる。櫛形山のアヤメは、まるで花に心があって、ここに来て憩えとささやきかけてくるようである』
『コメツガの大群に囲まれた紫の花の豊かさに酔い、この世ならぬ思いを味わってきた』
『私ははじめて来た時、櫛形山のアヤメに埋もれてこの世に別れたいと思った』

この本の中で「ここ数年に二回登り」とあるから、花の百名山を出版した後に紫の君に魅入られたようだ。
もっと早くに出会っていれば、間違いなく百名山に入れたに違いない。

※山梨日日新聞社の「山梨百名山」を一部参考にさせて頂いた。



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7月中旬、なだらかな山頂付近は紫の君で埋まる。
櫛形山は国内有数のアヤメの群生地....だったのである。



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この山のアヤメを初めて見た時の感動は未だ鮮明だ。

ガスの強い曇りの日であった。
裸山の南斜面まで登ってくると、それまで白いだけであった霧が紫色に染まり出し、やがて幻想的な色彩に覆われた。
色の正体が何であるのかわからずに近づくと、それが群生しているアヤメであることに気がつき呆然となった。

以来年間を通して足繁く通うようになり、アヤメの季節には、草原一面に咲き誇る「紫の君」を3年程続けて楽しんだ。



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しかしそれから僅か10年程の年月で、盗掘や踏み荒らし、鹿・猪などの食害が相次ぎ、絶滅寸前にまで追い込まれる。
2007年からアヤメ平全体を保護柵で囲むことで僅かながら植生が戻りつつあるようではあるが、2010年は25株、今年の発表では1500株の開花であったようだ。

1986年には2830万株と記録されていあるのだから、あまりにも大きな桁違いの激減ぶりだ。



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私が初めて「紫の君」に出会ったのは1990年。
田中澄江を魅了した頃の群生を、未だ留めていたに違いない。
二度と見ることの叶わぬ風景を今でも時々思い出す。
そしてこれこそが、櫛形山から足が遠退いてしまった理由でもある

登山道は針葉樹の林の中を緩やかに登る。



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今回歩いたルートではアヤメ群生地を通ることはない。
アヤメは激減してしまったが、それでも手付かずの原生林を残したこの山は、当時の姿のまま美しかった。



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風雪に耐え、奇木となった落葉松やダケカンバを数多く見ることが出来る。
中には樹齢200年を超すものもある。



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サルオカゼが糸のように垂れ下り風に揺れていた。



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あの日の印象が強いためか、櫛形山には神秘的な思い入れがある。



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15:10、国土地理院表記・櫛形山(奧仙重)標高2051mを通過する。
ここから北500mほどにあるピークが一般的な山頂とされており、山梨百名山の標柱はそちらに立てられている。



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頂上部は樹林帯の平坦地が続く。

数箇所展望の良い場所もあるが、櫛形山の楽しみ方はこの樹林帯と植物にこそあると思う。
赤石山脈の前衛山らしい美しさに、救われたような思いで歩き続けた。



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そしてその場所に到着する。



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15:20、「櫛形山」(2053m)登頂。

櫛形山は大きく周回することでCT12h程の行程を組むことの出来る懐の大きな一座である。
当時は特にピークに拘っていなかったため上に、山そのものを楽しんでいた。
よってこの場所の記憶は皆無である。

櫛形山の魅力を殆ど感じることのできない、ピークハントを目的とした今回のコースは全くお勧めすることはできない。
起伏の少ない山なので長時間歩いても疲れることは無いだろう。



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しかし今回ショートコースにしたのには訳があった。



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山梨を離れ神奈川に戻り生活するようになると、櫛形山のアヤメが絶滅の危機に瀕しているとニュースで聞かされるようになった。
しかも年を重ねる毎に加速度を増しているという。

信じられない思いだった。



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思い浮かぶのは、山肌にかかる霧を紫色に染め上げていた、あの日の「紫の君」の大群生だ。
美しくも神秘的な心象風景を壊したくは無かったのだ。



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現在アヤメ平には次のような歌碑が淋しげに立っているのだそうだ。
『手折られしアヤメの花のあわれさよ 君にも命のあるものを』



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来年は息子くんを誘い、勇気を出して昔好きだった北尾根からのルートを再び歩いてみようかと思っている。
徐々にではあるが、ようやく増え始めたという「紫の君」にエールを送りたいからだ。


おしまい。

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by yama-nobori | 2016-11-28 22:47 | 登山 2016 | Comments(0)
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