10:50、横岳を後にする。 程なくして三叉峰を越え、杣添尾根を左手に見送ると素晴らしい展望が広がった。 釜無川沿いにたゆたう靄の上に、印象的な富士山が浮かんでいる。 なんて幻想的なんだろうか。 二人して山梨百名山を端から同定していった。 こんなことができる山仲間はSくんだけだ。 短いトラバースを越えると、いよいよ赤岳が大きく迫る。 いつ襲ってくるかわからない足の攣りに怯えながらではあったが、この日限りの展望を楽しんだ。 冬季の横岳~赤岳に於いて核心部となるトラバースにやってきた。 この日は歩きやすい状態ではあったが、正確なアイゼンワークが行えない方は近づかない方が身のためだろう。 滑落すればまず止められない。 稜線上で唯一出会った登山者が、丁度通過するところだった。 一般的な登山者が一泊するコースを常に日帰りしている健脚Sくんにも意外な一面があり 高度感のある雪のトラバースが苦手なんだそうだ。 先行者の様子を見てかなりビビっている。 それから私とは逆で、暑さには強いが寒さには弱い。 得意な環境や登山スタイルの全く違う我々ではあるが、気のあうSくんとの山行はいつも楽しい。 思えば前シーズンの冬は随分と一緒に山に入った。 その度に「俺の山史上、一番楽しかった!」と言ってもらえることが、私の密かな楽しみになっている。 トラバースを終えたSくんに「阿弥陀岳はもっと恐いよ。どうする?」と尋ねると「ぜってぇ行かねぇ。」と即答された。 そっかぁ、ほんとに恐いんだねぇ。 確かに腰が引けていて、真剣な眼差しが普段とは違って 一周りも歳の違う彼と同じペースで歩くには、氷化した雪山に連れ出すのが正解なようだ。 この日は随分と待たせてしまった。 地蔵の頭を通過。 11:40、展望荘に到着。 阿弥陀岳には行かないことになったので、時間を気にする必要が無くなった。 ゆっくり食事をとる。 展望荘では嬉しい出会いがあった。 いつもSNSでやりとりをしていた小屋番のAくんに逢えたのだ。 山の世界で生きることを決めた彼は、実に爽やかな青年だった。 手持ちのパンは喉を通らなかったが、味の濃い牛丼はとても美味しかった。 12:25、展望荘を出発。 小屋の横をすり抜け尾根上のトレースに乗った。 右手に阿弥陀岳を眺めながら、赤岳直下の急登を詰める。 何度か足が攣りかけたが、この頃になるとようやく付き合い方がわかってきた。 「足は大丈夫だよ。先に登っててくれ。」 力強く登るSくんはすぐに小さくなった。 私は休み休みゆっくりと登り北峰に立った。 南峰には数人の登山者がいるようだ。 少し待ってから南峰へと向かう。 12:50、「赤岳」(2899m)登頂。 新しくなった「赤岳」のプレートと山梨百名山標柱を見たのはこの日が初めてだった。 下山しようとしていた登山者を捕まえカメラマンに任命、その後は二人だけの山頂を思う存分楽しんだ。 西側には阿弥陀岳が厳然たる姿でそこに在る。 この日は一日を通し、形容し難い美しい靄に富士山が浮かんでいて見事だった。 二人揃って3000mを越えるのは、権現岳の向こうで聳えているあの山域になるのだろう。 我々の大好きな南アルプスを一緒に登ることができたなら、間違いなく素晴らしい時間を過ごせるはずだ。 果たして今年は実現することができるだろうか。 ところで赤岳山頂には二つの祠があり、一つは撤去に向けた行政指導が行われていることをご存知であろうか。 赤嶽神社の祠は行者による開山の流れを汲む由緒正しいものであるが、もう一つは太成殿本宮という宗教法人が勝手に設置したものであり、実は赤岳とはなんの関係もない代物だ。 これを知らずに手を合わせた方も多いことだろう。 大抵は素通りしてしまう 一日を通して出会った登山者は5人程だったと思う。 文三郎で下山する。 雪が少なく歩きにくい状態だったが、まだ鎖を使うことができた。 腰の引けているSくんをにやにやと見下ろしながら標高を下げる。 足の攣りはどうやら収まってくれたようだ。 阿弥陀岳や午前中に歩いた稜線が徐々に高くなって行く。 青空に映える美しい景色を目に焼き付けた。 まだ雪山と呼ぶには程遠い状態ではあったが、この日八ヶ岳を選択したのは大正解。 冬特有の澄み渡った空気が見せてくれた景色は本当に美しかった。 14:00、行者小屋まで下りてきた。 この日は土曜日、テン場はまずまずの盛況ぶりだった。 小休止の後、南沢ルートでの下山を開始した。 この頃には体調も戻りつつあり足取りが軽かった。 やはり風邪は山で治すものなのだ。 さらば八ヶ岳。 レベルに合わせた山の楽しみ方がコンパクトにまとまっている八ヶ岳は、本当に良い山だと思う。 季節とルートを変え、これからも通い続けることになるだろう。 下山途中で嬉しい出会いがあった。 「美濃戸口までの林道歩きが面倒だねぇ。」と話しながら一人の先行者を追い抜くと、「乗っていきますか?」と声をかけられた。 これには二人して大喜び。 お言葉に甘えさせて頂くこととなった。 なんとなく顔に見覚えのあるIさんの車は山梨ナンバーだった。 そこで以前山梨に住んでいた事や、南アルプスが好きで特に北岳へは何度も登っていることなどを話していると、ふいに記憶が繋がった。 Iさんは北岳山荘の支配人だったのだ。 その後もどういう話の流れだったか記憶が曖昧ではあるが、突然近所の変態T氏の名前が出てきて驚いた。 山の世界はつくづく狭いのである。 16:20、美濃戸口で下ろして頂きお別れとなった。 Iさん、その節は大変お世話になりました。 近い内に遊びに行きますね。 下山後は温泉に立ち寄り、風呂上がりにビールを飲んだ。 いつも自分で運転しているのでこんな贅沢は初めてだった。 今までよっぽど酷い山歩きをしてきたのか、彼の「俺の山史上、最高に楽しかった!」は、この後毎回更新されることになる。 そんなSくん登場の記事はまたおいおい書いて行こうと思う。 今更ザックで顔を隠しても無駄なのだ。 この先どんどん晒して行こうと考えている。 それにしても今回は足を引っ張ってすまなかった。 次の厳冬期にはバリエーションからの阿弥陀岳を案内するから許しておくれ! おしまい。
by yama-nobori
| 2017-07-12 22:05
| 登山 2017
|
Comments(2)
Commented
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すな
at 2017-07-12 22:36
x
体調が悪い中でのあのコースをやっちゃうんだから、やっぱりゆたかさんはすゲーっす!
巻機山の時のようなもう死にそうな汚い顔&アップ写真でなければ、まぁ・・・w
1
Commented
by
yama-nobori at 2017-07-17 08:01
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